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実は間違ってた?書道のプロが教える、本当の墨の磨り方
書道を嗜む皆さん、「墨を磨る」という行為、どう感じていますか?
「時間がかかって面倒くさい」「手が汚れるし、結局は市販の墨液で十分」…そう感じて、最近は固形墨から遠ざかっている方も多いのではないでしょうか。
もし、その「面倒くささ」が、実はあなたの「墨の磨り方」が間違っているせいだとしたら?
この記事では、多くの人が知らない、あるいは誤解している墨の磨り方の常識を覆します。
たった5分で、驚くほど質の高い、自分好みの墨液を自在に作れるようになる「目からウロコの秘訣」をご紹介します。
これを読めば、墨を磨る時間が、面倒な準備作業から創造的な楽しいひとときに変わるはずです。
一般的な「あの方法」はなぜダメなのか?
おそらく多くの人が、学校の書道の授業などでこう習ったのではないでしょうか。
まず、硯のくぼんだ部分(海)に水をたっぷり入れ、そこから平らな部分(丘)に少しずつ水を移して墨を磨り、濃くなったらまた海に戻す。そしてまた丘に水を上げて…という繰り返し。
一見、理にかなっているように思えるこの方法ですが、実は非常に非効率的です。
専門的な視点から見ると、この方法には主に3つの大きな問題点があります。
- 時間がかかりすぎる 硯の海にある全体の水を、均一な濃さにするには、途方もない時間がかかってしまいます。非常に効率が悪い方法と言わざるを得ません。
- 「面倒くさい」という気持ちになりやすい 時間がかかるということは、それだけ手間もかかるということです。結果として、「墨を磨るのは面倒だ」というネガティブな感情が生まれ、書道そのものから足が遠のく原因にもなりかねません。
- 墨が持つ本来の良さを引き出せない このやり方では、墨が持つ本来の美しい発色や伸び、香りのようなポテンシャルを最大限に引き出すことができません。せっかくの良い墨も、これでは宝の持ち腐れです。
つまり、この方法は水を主体に考えすぎているため、肝心の墨の粒子を効率よく水中に分散させることができないのです。
本記事で、「本当の墨の磨り方」をご紹介しますので、ぜひご参考ください。
新常識!正しい墨の磨り方
①水は「500円玉大」から始める。
では、正しい方法とは一体どのようなものでしょうか。ここからが本題です。
まず、硯の丘(墨を磨る平らな部分)に水を垂らします。この時の水の量が、最も重要な「ミソ」です。硯の海が満たされるほどの水は全く必要ありません。必要なのは、500円玉くらいの大きさのごく少量の水だけです。
そう、たったこれだけでいいのです。このごく少量の水から始めることが、短時間で濃厚な墨を作るための最大の秘訣です。

②ネバネバになるまで約5分、ひたすら濃く磨る。
500円玉大の水を垂らしたら、あとはひたすら磨っていきます。ここでの目標は、墨がネバネバの状態になるまで、とにかく濃く、濃く磨り続けることです。
水の量が少ないため、驚くほど短時間で墨は濃くなっていきます。この作業にかかる時間は、わずか5分程度。今まで何十分もかかっていたのが嘘のように感じるはずです。
ちなみに、磨り方について「『の』の字に磨るのが良い」「いや、縦に磨るべきだ」など様々な説がありますが、どちらの方法でも全く問題ありません。ご自身がやりやすい方法で、とにかく濃くすることに集中してください。

③墨の香りが「フワッ」としたら完成のサイン。
「ネバネバになるまで」と言われても、どのタイミングで止めればいいのか分かりにくいですよね。実は、その完璧なタイミングを、墨自身が教えてくれるサインがあります。それは「香り」です。
無心で墨を磨り続けていると、ある瞬間、墨に含まれている香料の香りが「フワッ」と立ち上ってくるのを感じる時が来ます。これこそが、墨が「もう十分だよ」と私たちに語りかけてくれているサインなのです。
道具と対話し、五感で完成を感じ取る。これこそが、墨を磨る行為の醍醐味の一つと言えるでしょう。

④発想を逆転させる。「濃縮液」を作ってから薄める
さて、香りのサインを受け取り、丘の上には「超超超濃墨」とも言える、粘度の高い墨の原液が完成しました。もちろん、このままでは濃すぎて文字は書けません。
ここから、硯の海に少しずつ水を加え、この濃縮された墨を溶きながら、自分の書きたい作品に合わせた好みの濃度に調整していきます。

この方法の核心は、発想の逆転にあります。
「最初からだんだん濃くしていく、という方法ではありません。最初に、とにかく濃い、超濃厚の墨の原液を作ってしまう。そこから水で薄めて、好みの墨液を作る。全くの逆の方法ですね。これが、正しい墨の磨り方なんです。」
つまり、「薄い状態から少しずつ濃くしていく」のではなく、「最初に極限まで濃い原液を作り、そこから水で薄めて調整する」のが正解なのです。絵の具を水で溶くのと同じで、まず「原液」ありき、と考えるのがコツです。
ただし、水を加える際は注意が必要です。一気にたくさんの水を入れてしまうと、せっかく作った濃墨が一気に薄くなりすぎてしまいます。少しずつ、慎重に水を加えながら、最適な濃度を探っていきましょう。
⑤磨り終えた墨は磨り口の水分を布や紙などで丁寧に拭き取り、手入れしてからきちんと桐箱に入れて保管しましょう。


墨を磨る「本当の楽しさ」を再発見しよう
今回ご紹介した方法は、これまでの常識とは全く逆のアプローチだったかもしれません。しかし、この方法を一度試していただければ、その効率の良さと仕上がりの質の高さに驚くはずです。
この手順さえ守れば、もう墨磨りに時間や労力をかける必要はありません。淡墨から濃墨まで、自分の表現に合わせた墨色を、短時間で自由自在に作り出すことができます。
「墨を磨る」という行為は、単なる書くための準備作業ではありません。自分の作品に最適な墨を作り出す、創造的なプロセスそのものです。
今まで面倒だと思っていた墨磨り、少し試してみたくなりませんか?この方法なら、墨を磨る時間そのものが、作品作りの一部として心から楽しめるはずです。ぜひ、墨との対話を楽しんでみてください。
墨の動かし方
墨を磨る方法としては、大きく分けて2種類あります。
A:「の」を描くように円を描くような感じで磨る方法
円を描くように磨るこの方法は、自然に力が抜けるといわれる反面、硯に墨カスが溜まりやすいと言われます。

B:「N」を描くように直線的な感じで磨る方法
直線的に磨る方法は、力が入りやすくなる反面、硯に墨のカスが溜まりにくいと言われています。

直線的に磨る方が墨の真色を出すといわれることもありますが、どちらが正しいとは言えません。
ご自身の動かしやすい方で磨ることが大切です。
墨の持ち方
墨を硯にあてる角度はどの角度が良いのか、実際のところはどうなのか疑問に持つ方もおられるのではないでしょうか。
墨の持ち方も大きく分けて2種類あります。硯との接地角度が垂直の場合と斜めの場合です。
時間がないから早く墨を磨りたいという場合には、墨と硯との接地面積を広くすることが重要になってきます。磨り口が大きくなれば、結果早く磨れることに繋がるのです。
A:墨を真っすぐ立てる持ち方
墨を硯面に対して垂直に接地させて立て、磨り口を平にする方法です。
磨り口の大きさはずっと同じままですが、磨り始めの硯との接地面積はBと比べて大きいです。
〈磨り口を平らにする〉

B:墨を斜めにする持ち方
墨を硯面に対して斜めに接地させる持ち方です。表裏を交互に磨ることにより、磨り口をV字型にする方法と片側だけを磨り磨り口を鋭角にする方法があります。磨り始めの硯との接地面積は小さいですが、磨ることで徐々に広がっていき鋭角になると最も面積は大きくなります。
〈磨り口をV字型にする〉

〈磨り口を鋭角にする〉

墨の持ち方を3つご紹介しましたが、この中のどの方法を選んでいただいても構いません。
墨の持ち方によって墨色が変わるということはほとんど考えられませんが、
ご自身が磨りやすい方法を選んで、上手に磨ることが大切です。
墨を早く磨る方法
忙しい現代人としては、墨が早く磨れるにこしたことはないでしょう。
では、墨を早く磨るにはどうすれば良いのでしょうか…?その答えはいたってシンプル。
墨と硯の接地面積を広くすることです。最も墨を早く磨るという点では、墨の持ち方B(墨を斜めに持ち片側だけを鋭角に磨る方法)がおすすめです。完全な斜めになるまで時間は掛かるかもしれませんが、硯との接地面積が広くなれば、結果早く磨れることになります。
大きな硯に墨を2~3本重ね合わせて磨れば、硯との接地面積が広くなり早く磨ることができる方法もありますが、あまり現実的ではありません。
時間がない場合には、墨を磨ってくれる「墨磨り機」を使う方法もおすすめです。
大作を書くためにたくさんの墨が必要なんていう場合にも墨磨り機をお使いいただけます。