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硯は墨を磨るための道具として、紀元前である殷の時代に硯の原形が発生し、日本では飛鳥時代に伝わったとされています。
古では硯は石や土・瓦・玉・陶器などから作られ、銘硯といわれる石質の発見と、優れた彫刻家によって時代と共に実用・鑑賞用に発展してきました。
書道は墨を磨るところから始まると言われるように、墨磨りは重要視されるため、清潔に手入れされた硯で墨を磨って心を整えたいですね。
硯を清潔に保っていない場合、硯にこびりついた墨が悪影響を及ぼし、墨色を悪くしたり、悪臭を放つ原因にもなります。
また、またこびりついた墨の腐敗が原因で、表具の際に不具合が発生することもあります。
硯は使う度に硯を丁寧に洗うことで清潔に保ち、長く大切に使いましょう。
それでは愛玩品ともなる「硯」を大切に使うためのお手入れ方法をご紹介します。
硯の洗い方
1.硯をお湯に20分~30分程度つけ置き
墨の原材料となる膠は、お湯で溶かすことができますが、膠を溶かす最適温度は 約70℃とされています。
70℃程度のお湯につけ置きすることで硯にこびりついた煤や膠の汚れが落ちやすくなり、目詰まりの解消にもつながります。
2.やわらかい素材で硯を洗う
硯にキズがつかないよう、やわらかいスポンジや柔らかい毛質の歯ブラシなどでやさしく丁寧に水洗いしてください。
硯の縁周辺や隅っこなど洗いにくい箇所も丁寧に洗いましょう。
3.水分のふき取りと乾燥
洗い終えた硯は、布などで水分を拭き取るなどした後、急激な乾燥は避け自然乾燥させてください。
墨が固まって取れにくいときは
頑固にこびりついた墨を取り除きたい時も上記の1.2.3.と同様の方法でお手入れしていただければ問題ありません。
それでも墨汚れが落ちない場合は、お湯に浸す時間を長くするなどしながら、上記を何度も繰り返して根気よく洗ってください。
墨が磨れにくいと感じた時は
墨を磨ってもなかなか磨れない、磨れているような気がしない、という経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。
硯で墨が磨れるのは、硯の表面にある「鋒鋩(ホウボウ)」というヤスリの役割りを果たす細かな凹凸で墨が磨れます。
この鋒鋩が摩耗するために墨が磨れなくなるということもあるようですが、鋒鋩はそんなに簡単に摩耗するものでありません。
もし墨が磨れにくいと感じられた時は、以下の方法をお試しください。
1.硯を洗い直してみる
硯の表面を確認して墨の汚れが付いていないように見えても、鋒鋩の凹凸に目詰まりした煤や膠がこびりつき、鋒鋩を目詰まりさせている場合があります。
この場合は、膠が最も溶解するといわれる 約70℃のお湯に20分~30分程度硯を浸し、やわらかいスポンジなどで丁寧に洗い直す必要があります。
これまで一度もこの方法で洗われたことがない場合は、何度か繰り返して洗うと効果的だと思われます。
2.墨の種類を確認する
和墨で墨が磨れないということはまず考えにくいことですが、唐墨は和墨に比べて墨が磨りにくい(黒くなり辛い)傾向があるため、もし唐墨をお使いの場合は、和墨に替えてみるのも方法です。
3.硯の目立てをする
硯をどれだけ洗っても、墨の種類を替えても、それでも墨が磨れない時の最終手段は、硯の「目立て」です。
硯の目立てとは、硯の鋒鋩の凹凸を鋭くし直すことで、長年の使用によって摩耗した鋒鋩の目立てを行うことで以前のように墨が磨れるようになります。
硯の「目立て」はあくまでも最終手段であって、安易に行うのは危険です。慎重に慎重に行うようにしましょう。
詳しい方法は下記にてご確認ください。
硯の「目立て」の方法(研ぎ方)
硯の目立てには、二通りの方法があります。
1.クリーム状の研磨剤を使用する方法
2.クリーム状の研磨剤+耐水ペーパーを使用する方法
3.硯用の砥石を使用する方法
順にご説明しますが、その前に予備知識を少し。
良質な硯の鋒鋩は、基本的に磨墨によって摩耗することはほとんどありません。
そのため、良質な硯には目立てを行う必要がないと言っても言い過ぎではないと思われます。
下の画像のように、硯は目立てを行うことで硯の表面が削られ、硯の色が変わったり、最悪の場合は大切な硯にキズがつくこともあり得ます。
硯の目立ては、普段から硯を正しくキレイにお手入れされている方にはほとんど必要ありませんので、あくまでも硯の目立ては最終手段として、最悪の場合も想定して自己責任で行うようにしてください。
1.クリーム状の研磨剤を使用する方法
クリーム状の研磨剤として、皆さんご存知の「クリームクレンザー “ジフ”」を使用します。
ジフはアルカリ性のクリーム洗剤で、汚れを浮き上がらせる界面活性剤とその汚れを削り落とす研磨材が組み合わされた洗剤です。
また、ジフに使用されている研磨材は天然成分のカルサイトで、ガラスやステンレスよりやわらかいため、硯にキズをつけることなく硯をキレイにしてくれます。
使い方は簡単。
硯を膠の溶解に最適と言われる約70℃のお湯に20分~30分程度つけ置きます。
お湯の力で硯にこびりついた膠が溶解されるので、硯をお湯から出し、ジフを歯ブラシにつけ、墨を磨る要領で円を描くようにやさしくこすります。
(ゴシゴシこすらないようにしましょう。)
墨を磨る硯の墨堂(丘)はもちろん、墨がこびりつきやすい隅っこや、洗いづらい場所もしっかりとこすりましょう。
何度も何度も全体をまんべんなく繰り返しこすることで、粗いジフの研磨剤粒子が細かくこなれていきますので、根気よくキレイにしましょう。
キレイにできれば、40℃程度のお湯で硯をキレイ洗い、余分な水分をふき取ります。
ジフで研磨したことで表面が削られるため、硯の表面が本来の明るい石色に変わりますが、硯を使っては洗い、使っては洗いを繰り返す間に馴染んできますのでご心配には及びません。
ジフ研磨後の状態です。
※研磨を行うと、どうしても研磨後の画像のように硯の色は変わります。
硯の色が変わることを好まれない場合は、目立てを行わないでください。
2.クリーム状の研磨剤+耐水ペーパーを使用する方法
1のジフで目立てを行った硯は、鋒鋩が研ぎ澄まされるため、鋒鋩の目が立ち過ぎるように感じられるかも知れません。
そんな時は、耐水ペーパー(耐水ペーパーの番手は *注1 を参照)を使用します。
硯を十分に水で濡らし、墨を磨る墨堂(丘)全体を耐水ペーパーで研磨します。
この研磨によって、鋒鋩は残しながらも周囲の立ち過ぎた余分な部分を落とし、磨り心地を向上させることができます。
耐水ペーパーは小さくちぎって折り畳むなどし、指の腹に敷いて墨を磨るイメージで円を描くように全体をまんべんなく研磨します。
耐水ペーパーを指で押し付けてこすりつけるのではなく、全体を軽い力でまんべんなくペーパーをかけるようにしましょう。
ただ、耐水ペーパーはすぐに目が詰まるため、指への抵抗感が変わってきたら調子が変わらないように何度か耐水ペーパーを取り換えながら硯の墨堂(丘)全体を研磨しましょう。
(耐水ペーパーの番手数字が大きいほど目が細かくなるため、すぐに目詰まりします。)
これで、ジフで研磨して立ち過ぎた鋒鋩が滑らかになります。
全体的にまんべんなくジフで研磨できれば、40℃程度のお湯で硯をキレイ洗い、余分な水分をふき取りましょう。
【*注1】 硯によって耐水ペーパーの番手は変えた方が良いと思われます。
大まかな目安の耐水ペーパーの番手は、以下を目安にしてください。
・端渓硯:#2000~#3000
・歙州硯:#800~#1000
・羅紋硯:#600~#700
・学生羅紋硯:#400~#500
※耐水ペーパーの番手は、数字が大きくなるほど目が細かくなります。
目の細かな磨り心地を求められる場合は、#3000・#4000の耐水ペーパーをご使用ください。
※繰り返しお伝えしますが、硯の目立ては硯を正しくキレイにお手入れされた硯にはほとんど必要ありません。
あくまでも硯の目立ては最終手段として、最悪の場合も想定して自己責任で行うようにしてください。
※研磨を行うと、どうしても研磨後の画像のように硯の色は変わります。
硯の色が変わることを好まれない場合は、目立てを行わないでください。
3.硯用の砥石を使用する方法
硯の目立ての方法として有名なのは「硯用砥石」ですね。
一般的な硯用砥石は、固形化した泥の層を切り出したものです。
泥砥石は泥の中に含まれた超微細な不純物(金属や砂利・ガラスなど)が含まれていることがあり、砥石をかける際に硯にキズがつく場合があります。
泥砥石はあくまでも天然素材の製品のため、予めご了承の上ご利用ください。
それでは硯に砥石をかける方法ですが、泥砥石をかける際は、予め硯面を水に浸し、泥砥石で墨を磨るように砥石をかけます。
硯の角や洗いにくい箇所の場合は、砥石を砕くなどして小さな欠片を使って砥石をかけましょう。
この砥石をかける工程は、硯面の凹凸を矯正するのではなく、目立てが目的です。
そのため、力を入れて砥石をかけるのではなく、墨を磨るのと同様にやさしく力を入れずにかけましょう。
砥石をかけ終えたら、硯をキレイ洗い、余分な水分をふき取りましょう。
砥石をかけても良い硯と悪い硯
泥砥石が天然素材でできているため、超微細な砂利が硯を傷つけてしまう可能性があります。
そのため、泥砥石をかけても良い硯は?と尋ねられるとすると、「基本的にはどんな硯であっても泥砥石の使用は避けられた方が賢明です。」というのが本音です。
どうしも砥石をかけられたい場合は、万が一硯にキズがついても諦めがつく硯にのみご使用になることをお勧めします。
購入してすぐの硯で墨が磨れないときは
中国の硯に多くみられる現象ですが、購入してすぐの硯は見た目を美しく保てるように、表面に化粧を施していることがあります。
化粧を施された硯は、購入したままの状態で墨を磨っても墨がおりにくく、墨が硯の上を上滑りしているような感触や水を弾くような現象が起きます。
この場合は、「硯の洗い方」の通り、硯を約70℃のお湯に20分~30分程度つけ置き、やわらかい素材ので硯を洗う、これを数回繰り返すと化粧が取れて墨が磨れるようになります。
(硯への化粧は蝋(ロウ)を塗られていることが多いため、蝋を溶かす最適な温度は、膠の溶解温度と同様で、約70℃のお湯に浸して洗うのが理にかなっています。)
複数回洗っても違和感が残るように感じられる場合は、通常の使い方である「墨を磨っては洗い、墨を磨っては洗い」を行っている間に化粧が落ち、本来の硯の磨り心地となります。